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書籍の詳細&ユーザーレビュー一覧

1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74) (朝日新書)
1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74) (朝日新書)
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朝日新聞社

¥ 756

新書

売上ランク:17267位

2007-10-12

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ユーザーレビュー一覧(全12件 平均:4.0)

評価5点「今年度下半期最高の経済書の一つになるのでは」 2007-10-20
レビュアー:鉄っ子(36人中33人が参考になったと回答)
本書のテーマを簡潔に言えば、世界と日本の金融政策における「不確実性への挑戦」を通じて、「1990年代以降の激動する世界を理解する」ことだろう。 

サブプライム問題の真っ只中にいる現在、非常にタイムリーな内容で、サブプライム問題に至る国際経済の流れが、連続的にかつわかりやすく理解できる。 また、世界の政策担当者がその対策の論拠とする最新の理論もわかりやすく、かつ十分に説明され、 新書とはいえ、恐らく国内今年度下半期の最も優れた経済書の一つになるのではないだろうか。

本書の流れは、97年のタイの土地バブル崩壊を端緒として、フィリピン、インドネシア、韓国へ拡大し、ロシアのデフォルト、そしてLTCM破綻に至ったアジア通貨危機と、住専問題に端を発し、三洋、拓銀、山一から、日債銀と長銀の破綻に至った日本の金融連鎖危機への政策担当者による対応の解説を軸に進行する。

その過程では、「流動性問題」であったアジア危機を「構造問題」としてとらえたIMFの失策や、その遠因がメキシコ危機へのルービン財務長官の対応にあったこと、また、日本の金融連鎖危機への対処においても、住専処理に対する批判が、危機対応の足枷となり、その住専問題の背後には農林中金と農協の責任回避の思惑があったこと等が解説されてゆく。

最新の経済理論については、「バジョット・ルール」や「ナイトの不確実性」、「質への逃避」、「フリーライド」といったキーワードを巧みに使い、興味深いエピソードや、ケインズ、ハイエクといった古典理論も挿入しながら解説され、全く飽きさせることがない。

「ナイトの不確実性」とは、既知であるが故にその確率分布を想定できる「リスク」とは異なり、未経験の領域において、確率分布を想定できない不確実性を言う。 イノベーションが重要性を増す現代は、必然的に「ナイトの不確実性」が増す時代であり、その不確実性に対する「過度の楽観」がバブルを生み、「過度の悲観」が金融危機を生むことになるという。

金融危機への対応策についても、(1)グリーンスパンに見られる攻撃的なまでに迅速な金融緩和策、(2)公的資金の注入ではなく、ベイルインと呼ばれる債権者間の迅速な調整による収拾等、最新の動向がわかりやすく解説される。

上記のような金融危機への対応の歴史と理論を解説すると共に、本書のタイトル通り、通貨危機に懲りたアジア各国が、IMFや世銀が勧告した変動相場制への移行に従わず、巨額の外貨蓄積とドルと連動した管理相場性を採用することで、世界の半分を覆うドル経済圏を形成し、結果として米国の消費拡大を通じた未曾有の世界好景気を発生させ、サブプライム危機を生む一因となった等、現代世界経済の事象をわかりやすく、総合的に理解させてくれる手腕もすばらしいと思う。 特に、危機の中、ポジションを取られている個人投資家の方には強くお勧めいたします。
評価4点「読みやすくてわかり易い作品です。金融関係者の必読」 2007-10-14
レビュアー:recluse(23人中18人が参考になったと回答)
というのは、見事な理論的な整理が今年の夏と1997年の金融危機についてなされているからです。今年の夏の混乱は不思議な混乱でした。それは日本が過去に経験した金融システムの危機の事象が日本の外で起きている中で、すべてが日本で起きたことをもう一度目にしているだけではないかという不思議な既知観でした。不良債権の飛ばし、金融テクノロジーの”創造的”な利用、銀行間市場の崩壊、銀行規制の失敗、とどまることのないグリードとそれを支える不思議なまでの楽観主義、そして英国での取り付け騒ぎと、どれも日本というシステム内でおきたことが今度は日本の外で、もう一段大きな規模で繰り広げられて、それに市場参加者が右往左往する姿をみるのは、皮肉な喜びを伴うものでもありました。この作品はこの1997年と2007年の危機を比較することにより、その両者の関係をナイトの不確実性というキーワードを元に分析したものです。第一章の、アジア危機を読み違えたアメリカの部分は、流動性とソルヴェンシーという概念をベースとして見事な分析を提示しています。もっともこの作品の一番の売りは、第二章の”危機を読み解く”部分です。この章は決してわかりやすくはない”ナイト”の不確実性は初心者にもわかりやすく分析されています。決して技術論に流れることなく、ナイトの不確実性の理論が持つ深い哲学的な意味合いを含めて詳細に解き明かされます。ただおそらく本書の大部分の脱稿は今夏の危機の前に脱稿されていたようで、今回の危機の取り扱いは部分的で限定的なものです。
評価3点「頭の整理になるが学者の限界も見える」 2007-10-27
レビュアー:楠木 佳史(27人中16人が参考になったと回答)
 「ナイトの不確実性」を軸にして97年金融危機から現下のサブプライム危機までを分かりやすく読み解いてみせる。経済学の知見と歴史的洞察を組み合わせ、現実の動きに当てはめて政策の方向性を探ろうという著者得意の手法が今回も生かされている。読みやすい。
 ただ、ややジャーナリスティックなタイトルと、それなりに経済学的にも高度な内容がいまいちそぐわない。「97年危機」を前面にだしたところは羊頭狗肉の感が残る。
 それから、二次情報や文献を基に論を組み立てるのが学者の仕事だから仕方がないが、日本の住専問題の処理策を批判的に論じるのに、脇役に過ぎなかった西村大蔵省銀行局長の証言を多用し、難詰してみてもあまり意味がない。
 農林系金融機関を守るために公的資金を投入した責任者は当時の村山首相、武村蔵相、及び何と言っても橋本総裁が率いた自民党であり、橋本氏が無関係のような記述は均衡を失する。総じて経済政策に政治が良くも悪くも決定的な影響を及ぼさざるを得ない現実への認識が甘い。
評価4点「現代によみがえるフランク・ナイトの「不確実性」理論」 2008-02-13
レビュアー:仮面ライター(7人中6人が参考になったと回答)

 本書におけるキーパーソンの一人であるフランク・H・ナイト(Frank Hyneman Knight, 1885‾1972)は、後にマネタリズムの巨人、ミルトン・フリードマンを生んだシカゴ学派の創建に関わった人物として知られている。しかしながら、彼は、巨星フリードマン等の陰にあって、多分、「制度学派」関連の論及を除いて、重厚長大型の学説解説書においても数行で済まされるような、謂わば「忘れられた経済学者」と見られなくもない。

 だが、当書で語られているように、もう一方のキーパーソンであるアラン・グリーンスパン前FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)議長によって、ナイトは図書室の眠りから覚まされ、見事に“復権”を果たしたと言えなくもない。金融政策において、その功罪はともかく、金融危機に関する独特の嗅覚、「伝説的な危機予知能力」(P.230)を持っているといわれるグリーンスパン前議長が、何故「ナイトの不確実性」に言及したのか…。

 あまり詳しく解説を行うと、本書の価値を毀損するのでそれは避けるが、ナイトの考え方について、当書の叙説に沿って一言で言い表すならば、ナイトの経済理論の核心は、“経済における不確実性(uncertainty)”の問題である。そして現在、不確実性の下での投資家などの行動が金融危機等を現出、増幅させている、として、書架の奥からナイトが引っ張り出され、グリーンスパン前議長の発言等に度々登場するのである。

 ナイトの所説が現実の金融経済等に適用可能な理論として立証されたのか、それとも現実の金融経済等がナイトのセオリーを結果的に証明したのか、その辺りに関して当書ではアバウトな論評しか施していない。それは学術書の体裁を取らない、一般読者を対象とした新書版故の限界であろう。従って、経済専門書というより、1997〜98年における金融危機等の検証を踏まえた経済評論として読み進めていく方が良いだろう。
評価5点「必読。ただし、危機は常に予想もしない形でやって来る。」 2007-12-16
レビュアー:モワノンプリュ(6人中3人が参考になったと回答)
 97年の東アジア通貨危機を契機とする、世界経済の潮目の変化についての目も覚めるような鮮やかな分析ではある。
 ただし著者の総括は要するに、「将来について甘い見通しでやってきたのが、ひとつの危機をきっかけにして『結局のところ、先のことは分からない』という将来に対する不安に取りつかれ、そこで『弱気』に転じる」(p128)という単純なものだ。そしてそれへの対応策も、「中央銀行に与えられた使命は、流動性の危機に対して『最後の貸し手』として流動性をふんだんに市場に供給すること」(p139)となる。
 この主張が正しいとして、しかしその実行を妨げる多くの要因がある。例えば著者は94年のメキシコ危機、96年の住専問題に対する米・日の政策の国内的不人気が足枷になったと指摘するが(p68)、これは「国民がバカだから」で済む話ではない。より本質的に、プラトン的な国家運営は不可能だ、ということではないか? 仮に可能だとしても、歴史的検証ではなく事態の渦中でプレイする立場に立った時、「不確実性」を克服するためのシステムの調整は容易ではない。だからこそ著者も、ハイエクに言及しているのだ(p180)。
 グリーンスパンがいるって? それは結果論だと、私は思う。「不確実性」を相手にして確実に勝利する方法はない。短期的には勝つこともあろうが、長期的には必ず敗北する。それがナイトの直感だったのではなかったか。「企業家は社会的な純価値を創造するよりも破壊する傾向がある」(p90)。著者自身、「97年以降の危機管理に抜群の成功を収めたのが議長ならば、世界経済の今後の不安材料を作り出したのも議長」(p175)と述べている。
 それでも著者は、「強気」に与する。凹んでいる人々に発破をかける意味では、それもいいだろう。しかし「『バブルか、バブルでないか』は所詮、『ナイトの不確実性』だ。それを判断する客観的な根拠などありえない」(p154)という言葉の躊躇いのなさには抵抗を覚えるし、経済政策の「積極性」がイラク攻撃の「積極性」も連れて来るなら、私としてはやはり遠慮したい気持ちだ。