ユーザーレビュー一覧(全11件 平均:4.5)
「著者は、おそらく日本で唯一ユーゴ内戦を語る資格を有するライターである」 2006-05-06
「セルビアとコソボ」 2005-10-09著者はセルビア側、アルバニア側それぞれの対象に直に調査し、自分の目で現状を見つめ、どちらにも肩入れする事のない中立的な視点からこの書を書き上げた。「セルビアも被害者だ」と声高に主張するだけではお互いの罪状を相殺するだけの結果となる。KLAがマフィアと深い関係にあった事やセルビア人もアルバニア人もそれぞれ虐殺を行った事なども広く知られるようになった現在でも、アルバニア人はなぜか正義の側にある。それは内乱に至った経緯やNATOとの関係など複雑な情勢のなかで作り上げあられたものである。
よく取材し、また対象に幻惑されることなく、コソボを巡る現状を淡々とした筆致で記している。付け加えるとすれば、旧ユーゴスラビアの歴史的な事実への考察と論及が少ないところか。アルバニアがユーゴと別れて独立した事や、ユーゴとアルバニアがそれぞれ独自路線を採った事、クロアチア人であったチトーとセルビア人との連邦内における関係などもコソボの歴史的経緯や現状に大きく関わっている。そもそもなぜコソボがユーゴスラビアでそのように位置にあったのかということへの論及がなければなかなかセルビア人との関係が理解しづらいのではいかと気になった。
「ヨーロッパで続くもう一つの「拉致問題」」 2005-08-03
「国際社会の光の当たらない、もう一つの「民族浄化」」 2005-06-21ミロシェビッチ政権による民族浄化からコソボのアルバニア系住民を
守るという口実で、「人道的介入」という名の下に空爆が行われた。
確かに空爆前から相互の衝突による死傷者が出ていた。
セルビア側の蛮行があったのも事実である。
しかし被害が質的にも量的にも飛躍的に増大したのは
実は空爆開始後なのだ。
空爆開始に激昂したセルビア民兵による、アルバニア系住民宅への
放火、殺人、追い出しにより90万人もの難民が生み出された。
78日間の空爆後、コソボのセルビア人20万人が
難民となってセルビア本国へと追い出された。
コソボに残ったセルビア人3000人が誘拐・拉致され
1500人の遺体が確認されている。
UNMIK(国連コソボ暫定統治機構)とKFOR(コソボ治安維持部隊)の
統治下にあるにもかかわらず。
KLA(コソボ解放軍)は、NATO部隊と共に、旧ユーゴ連邦軍と戦った後
そのままコソボの警察などの公的機関の要職に就いている。
KLAはその後、隣国マケドニアに軍事侵攻し、支配領域を拡大している。
「自らの加害性を互に歴史として自覚し合ってこそ、真の民族融和の再構築が
始まるのだ」と著者は言う。
民族融和に心血を注いだチトーの肯定面。
同時にチトーの限界、否定面も批判され、反省され、教訓化されなければ
ならない。
例えば、チトーは過去の諸民族の対立の歴史を封印し、触れることを法律で
禁止した。
しかし、それでは何ら問題の本質的解決にはならない。
目を背けたくなるような陰惨な現実でも、真正面から受け止め、対峙し、
乗り越えることによってしか本質的解決への道はないのではないか。
チトーの遣り残したこともまた、旧ユーゴ紛争の本質的要因の一つであると思う
「第三次世界大戦は1999年にコソボで始まった」 2005-07-12