ユーザーレビュー一覧(全604件 平均:3.5)

「ある意味やぶれかぶれ」 2005-12-14
レビュアー:冬の暖かな鎌倉の海岸で(74人中32人が参考になったと回答)
こういう本を読んで自分が日本人であることに誇りを持つ人って、お子ちゃまですね。藤原氏がおっしゃるところのいつまでたっても成熟しない大衆ですね。
でも言っていることの大筋には共感する。例えば厳格な論理的構築物である数学ですら出発点である公理は仮説に過ぎず、そのものの正しさは証明できない。そして、現実社会においては論理論理というよりも公理ともいうべき出発点をいかに定めるかが重要であり、適切な公理を定義するために必要なのが「情緒」と「形」である、と主張する。私もその通りだと思う。大いに共感するところである。
ただし、「形」は押し付けなければならない、とか、民主主義はナチスを生み出したりして危険だとか言い出すと、ちょっとやぶれかぶれな感じがする。もっと丁寧に論考しようよ、と言いたくなる。
チャーチルの「民主主義は最悪の政治形態であるが、今まで存在したいかなる政治制度よりはましである。」という言葉を知らないわけではあるまい。どうしちゃったの?藤原さん。
ちなみに日本人が虫の音で季節を感じ情緒にふけることができるのに対し、他民族では騒音にしか聞こえない、という有名な話があるが、これを藤原氏は日本人の情緒性の高さと言っているが、私は単に日本語の特異性による脳の使用形態の違いに過ぎないと思う。
とかなんとかいろいろと書かせていただいたが、いやはやどうして、丁寧に読むと、実際は藤原さんは確信犯なだけなことがわかるんです。それがまたいやらしいんだけど。

「あらゆる欠点を乗り越え、時代が必要としている良書である」 2006-01-14
レビュアー:アキレスの踵(58人中32人が参考になったと回答)
氏のこれまでの主張の集大成とも言える本である。氏の主張はよく知っているので驚くことはなかったが、「小学生は世の中のことなど知る必要はない。株のことを教えるなどもってのほか。基礎学力の育成こそが教育の使命」だと言い切る氏の明解な主張に、小気味のよさを感じた。
わたしは株をはじめ投資に関わっているが、氏の主張に大賛成である。氏独特の思い込みの強さや勘違いも散見されたが、それを差し引いても星5つの価値は充分あると判断した。
他の人のレヴューを拝見していると、「情緒というとらえ難いものを根拠にして大衆を扇動している」という趣旨の批判が目についた。しかし海外に長期滞在した人なら、誰でも1度は気づいた経験があるのではないだろうか。バックボーンを失って卑屈な態度を取る一部の日本人が、外国でどういうふうに扱われているのかを。
友好国と信じているアメリカから、日本の政治家がどう扱われているのかご存知だろうか。文芸春秋2月号に掲載されている石原慎太郎と関岡英之の対談「NOと言えるサムライ国家に」を読めば、いやでも思い知ることになると思う。この対談を読んでからもう一度本書を読めば、より深く納得できるはずである。

「理想は理想」 2006-01-31
レビュアー:匿名(60人中32人が参考になったと回答)
読みやすいので一気に読めます。しかし、国家の品格という仰々しいタイトルの割に矛盾点もいくつかあり、ちょっと首をかしげたくなるところも多々あります。ポピュリズムの問題点を指摘したところで大衆は賢くなりえないと言った後にわれわれはもっと賢くであるとか、武士道がいきなり登場したり、前半の現在の先進国国家の掲げる理想がいかに曖昧かについても、総合的に論ずるのでもなく具体例をだして否定してみたりと。本当は理想というのはやせ我慢で現実にならないから理想なので、そのやせ我慢をし続けることが大事なんだと思うんですが。あと、このタイトルは国家というより国民にしたほうがいいかも。藤原さんは倫理について書いている。倫理は一国の掲げる理想にはならないと思います。武士道については各年代でその考えや価値観が違ったはずなのでもっと考察が必要では。

「反省点を踏まえた提言ではない」 2006-03-18
レビュアー:3.14カラットのダイアモンド(43人中32人が参考になったと回答)
論理や合理ばかりでなく「情緒」と「形」を見直せ、と言う著者の指摘には頷ける面がある。確かに、人間は非合理的に出来ているし、近代合理性も行き詰まりを見せている。しかし、論理よりも情緒を優先させてしまったために、日本及び日本人が数々の失敗を犯してきたことも確かである。その中には、下手をすれば民族が滅亡したかもしれないような失敗も含まれている。こう言った過去の反省を踏まえない提言になっているので、本書に高い評価を与えることは出来ない。ただし、近代的価値観を見直す上では参考になる著作である。

「論理的思考は必要」 2006-03-28
レビュアー:rajimania(55人中32人が参考になったと回答)
「議論に勝つのは、さほど重要なことではない」という筆者の主張こそ、「品格」に欠ける。
確かに、「論理的思考が全てだ」という考え方は誤りだ。論理的に完璧な共産主義は、現実には全く機能しなかった。だが、「議論に勝つのは、さほど重要なことではない」というのは、飛躍しすぎた考え方であり、そんな考え方で行けば、論理的思考が全て否定されかねない。
また、「昔の日本には品格があった」かのような言い方をするが、ほんとうにそうか?真に品格があったのは、ほんの一握りの人たちだけで、大多数の人は「品格のあるふり」をしていただけではないのか?村八分が怖くて「品格のあるふり」をしていただけではないのか?
一例をあげれば、戦前の政府高官や軍人の多くは、世論が好戦的になると、それに迎合した。命をかけて日米開戦を防止しようとしたのは、山本五十六・井上成美(二人とも海軍軍人)等の限られた人たちだけである。そして、言うまでもなく、井上も山本も合理主義者であり、日米の国力の差を冷静に分析して、「日米開戦はダメ」という結論を出したのである。