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書籍の詳細&ユーザーレビュー一覧

まともな人 (中公新書)
まともな人 (中公新書)
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中央公論新社

¥ 735

新書

売上ランク:69279位

2003-10

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本書を含むリストマニアリスト

ユーザーレビュー一覧(全14件 平均:4.0)

評価2点「説得力に難有り!」 2003-12-18
レビュアー:(19人中12人が参考になったと回答)
時事ネタに対してなるほどと思わせる指摘もあるが、
読んでいるうちに、何だかうんざりしてしまう。
なぜなら私はもう年寄りだから関係ないけどとか、
あまり政治や経済には関心がないから云々とか、
文頭にいちいち言い訳のような独り言が多い・・
このような書き方だと、主張や指摘に対して何とも説得力がない。

口述筆記で書かれた本だそうだが、もう少し上手な編集が
できなかったものか・・この手の本なら、もっと良い本がある。

評価4点「バカの方が面白いです。」 2003-12-22
レビュアー:(14人中10人が参考になったと回答)
本書は「中央公論」に連載されている「鎌倉傘張り日記」
2001年1月号~2003年9月号の掲載文を収録したものである為、
養老さんの考え方を知らない人には面白いと思うが、
ある程度分かっている人には
「バカ・・・」等の方が一貫性があって面白いとは思う。
養老思考の実践編と言った所だ。
評価5点「「あたりまえ」について考える」 2004-10-22
レビュアー:humpty-jumpty(15人中10人が参考になったと回答)
世の中で話題になったり議論されることがあたりまえになっている事柄がありますが、そういったことに対し、「本当にそれはそんなに重要なことなのか?考えるべきことは他にあるのでは?」と問い、「まともに考えるとは」ということについて考えさせられるエッセイがたくさんつまった一冊です。

中央公論に連載されていたエッセイが集められているのですが、毎回独立した素材が取り上げられているので、一つ一つ別々に読んでいくことができます。
もちろん、各エッセイの根底に流れる養老さんの問題意識は、他の著作と同様に、「都市化」「ああすればこうなる的思考」「一元論」に向けられているのですが、各エッセイで取り上げる素材への切り込み方がとても斬新!

1つの例として、「教育問題がやかましいが、そもそも、大人が一生懸命に働き、経済を発展させ、物質的に豊かな世界を作ってきたのは、安全快適でヒマな世界を作るためなのではないか?それなら若者が努力せず、遊んでいるとして、怒る理由がないのでは?」っていう意見がありました。このように、あまり養老さん以外の人には見られない意見がたくさん出てきます。

「養老節」を知っている人はお分かりだと思いますが、社会科学等の素養でもって厳密な議論を展開するってわけではありません。だから、そのような議論を読みたいという人には不向きでしょう。ただ、斬新な見方を知り「こんな見方があるのか」と感心することから始まって、自分であれこれ考えてみるにはいい本だと思います。

評価4点「『中央公論』に連載の時評『鎌倉傘張り日記』をまとめた本。」 2004-05-29
レビュアー:汐菱Q(14人中8人が参考になったと回答)
 2001年1月から2003年9月の分。
 この間には、小泉純一郎が首相になり、9.11があり、瀋陽の日本領事館へ北朝鮮の住民が駆け込み、日朝首脳会談があり、長崎で12歳の少年による幼児誘拐殺人事件があった。
 そういった、世の中のいろいろな出来事について(虫の話など、そうでない話もあるが)、養老孟司がその考えを語る。

 そのほとんどが、私と同じような考えなので、私は、そうそう、そうだよね、と、心の中で相槌を打ちながら、楽しく読めた。

 しかし、いくつか、私の考えと合わない部分もある。そんなときは、心の中で反論しながら読むが、ちょっとだけストレスが溜まったような気がした。それは、反論しても、養老孟司には届かないからだ。当たり前の話ではあるが、養老孟司の言いたいことは、一方通行で、こっちには届いているというのに。

 だから、養老孟司と、考えが合わない人が読むと、ストレスが溜まるかも知れない。

評価5点「脳の限界が世界の限界」 2005-05-22
レビュアー:丁三(13人中8人が参考になったと回答)
中央公論に連載された養老孟司氏による時評集、ではあるが、やはり普通のものとはかなり違っていて、時事問題をネタにしたエッセイ、と思ったほうがよいだろう。出来事は「講義」のきっかけでしかない。

扱いが大きいのはやはり「9・11」のテロ事件。養老流に解釈をすれば、やはり脳化社会の産物以外のなにものでもないそうだ。

「いくら自分の信念が正しいと思うにしても、それはたかだか1500グラムの脳味噌がそう思っているだけですよ」

「使っている道具はしょせんはヒトの脳味噌。脳味噌の限界が世界の限界」

「自分の脳味噌という、観測機械の限界をよく理解しなければならない」

解剖を専門とし、臓器としての「たかが脳」をみてきた氏ならではの諦観といってよいだろう。ちなみに「唯脳論」とは、たかが脳に囚われすぎている現代社会への皮肉、だったのだそうだ。

養老氏の著作はかなり読んだが、これまで、わかったつもりでよくわからなかった。しかし、本書でようやく閃いた。たかが、脳。である。
時事ネタとしては旧聞にはなるが、主題は時事そのものではなく養老哲学である。いつ読んでも本書の価値は変わらない。奥は果てしなく深い。