ユーザーレビュー一覧(全11件 平均:4.5)

「研究者の姿勢込みの最先端」 2008-08-11
レビュアー:kogonil_35(16人中9人が参考になったと回答)
その分野の専門書でもない限り、一般に入手可能な書籍で得られる情報は、最新のものからどう
したって遅れがち。また、発見の先取権競争の最前線にいる一部の研究者をのぞいて、たいてい
の分野については、そんなに最新の情報は必要ないって事情もあるかも。高度な専門家じゃなけ
ればその重要性がわからない、いわばトリビアルな最新情報が大半だろうし、一般の読者にとっては
その最新情報がなんで最新なのかを理解するための、その分野の定番的な基礎すらないことが
あたりまえなので、一般的な啓蒙書の場合は、アップトゥデートな最新情報への目配りって、実は
重要じゃないことすら多いかと。
しかしここに、最新の研究動向が文字通り日進月歩に昨日の定説を塗り替え続け、一般の関心
も高い研究領域があり、そして、分野の大雑把な全体像と最新の研究動向とその意味するところ
を、大変に高い伝達度でもって文章化できる有能で希有な専門家がいたりします。
もちろん著者である池谷氏のことを言っています。
過去の著述も非常にエキサイティングで面白かったし、偶然から参加した著者の講演でその高い
プレゼン能力を目の当たりにもしていたので、新著は楽しみにしていましたよ。
著者は「あとがき」で、若干これまでの類書と毛色が違うことに言及していますが、読者としては、期
待以上のものでした。
内容は大きく、3つ。
研究範囲(個別の細胞や、ずっとマクロな組織レベルではなく、「回路」レベルの対象)・研究態度
(仮説はたてない方針とか分子生物学への疑問とか)・研究実態(けっこうドロくさいし、政治的な
振る舞いも必要だったりするよ)。
その三つの軸(研究範囲・研究態度・研究実態)が述べられる中で、「ゆらぎ」が一貫したテーマと
なっているのは、これは著者の作戦か、それとも編集者の構成の妙か。脳の「ゆらぎ」が重要なト
ピックとして紹介されるだけではなく、研究範囲・態度・実態のそれぞれに、そして、ひいては人間活
動、生命全般に「ゆらぎ」が言及されます。頭の良い人は違うな〜、と。
もちろん、大枠のお話しから個別のトピックまで、あちこちで、ふんだんに最新の脳研究の動向が紹
介されます(驚くべきことに、過去の著作からのネタの使い回しがありません)。
活動依存的に自分で自分を書き換える脳とか(あまりに我田引水にすぎるかと思いつつ、やはり
ルーマンっスよ!)、幽体離脱は社会性を獲得するための脳の機能ではないかとか(!)、記憶
は未来のためにあるとか、仰天中ですよ(しかもちゃんとトップジャーナルの参考文献付き)。
もー賞賛の言葉もありません。超お奨めですよ。
【蛇足】
還元主義的ではなくホーリスティックにとか、近代合理主義の限界とか、複雑性だとか、形相的
な同一性だとか、個別の分子の振る舞いではなく分子相互の相対的付置状態だとか、いろいろ
言われる中、本書もそうした動向と軌を一にした近代科学方法論懐疑派と見えるかも知れませ
ん。しかし、著者の認識はどうあれ、私は、本書とその著者は、耳触りの良い上述のようなお題
目とは一線を画すものだと思っています。
耳触りの良いお題目の特徴は、文字通りお題目に終わっており、そこから具体的に問題を展開
することがない、という点です。本書および著者は、科学者共同体に十分に承認される形で(←こ
れが重要)、問題提起のその先へと進む方策を案出し、実際に歩を進めているところが、大違い。
抽象的なお題目に安住して自分が思考停止していることにも気がつかない、あるいは、実は単な
る無知だったりする近代科学方法論懐疑派と、よく似た話柄に言及しつつ、本書と著者は、その
問題点を具体的に設定しようとし、それを探求するためにはどうすればよいかを(繰り返しながら、
具体的に)考え続けます。つーか、これが科学者のまっとうな姿かと。
ユースケ・サンタマリアではありませんが、「刮目せよ!」って叫びたくなります。
とっちらかったレビューでごめんなさい。

「ゆらぐ池谷先生… 科学の人間臭さ・泥臭さが伝わる。学生にオススメ。」 2008-08-11
レビュアー:ゴルゴ十三(10人中9人が参考になったと回答)
インタビュー形式で最近の池谷先生の研究内容(※)や研究に対する思いを綴った本となっています。時折、最新脳科学のミニ質問(トリビアっぽい小ネタ)が挿入されます(全23本)。ただ、ご本人が「あとがき」で認めているように「仕事上のボヤキ」が並びます。(その意味で「海馬」「進化しすぎた脳」を読んだ時のような高揚感はあまり感じられません)まぁこの"ボヤキ"も読む人が読めば、野村監督の"ボヤキ"のように、単なるボヤキではなく意味のあるボヤキだと気付きますが。
さて最近のご研究内容(※)とは、脳の一神経細胞(部分)ではなく全体(システム)を評価する為の実験科学的方法論を構築中なのだそうです。タミフルを投与すると同期現象の様子が変わる、とか面白い記述もあります。読んでいると複雑系、特に同期現象に関する本("SYNC")の内容を思い出したりしました。ただ池谷先生自身、蓄積されたデータをどのように解析したら良いか分からず、色々と試行錯誤中だそうで、話としてはスッキリとはしません。(フラクタルという概念なしにフラクタルな事象を定量的に表現できなかったことと同様、新しい概念が必要とされているということなのでしょう) そういう訳で「教科書的にスッキリした話が読みたい」という読者は本書を余り楽しめないかもしれません。教科書になる前の"事実(データ)の山"に対し科学者はどの様に立ち向かうものなのか、ということが知りたい読者は本書から得るものがあることでしょう。(「仮説を立てる・立てない」に関しては意見が分かれる処があるでしょう。私は「仮説を立てる」派ですが、それは脳科学より訳が分り易い分野に居るからなのかな? いずれにせよ「科学はエラーの自己修正過程」(Carl Sagan)を肝に銘じることは肝要です)
"研究の現場"を知りたいという学生さんは読んでみると面白いかもしれません。

「ゆらぐ脳を読んで」 2008-09-11
レビュアー:縄文の中村(3人中2人が参考になったと回答)
著者の本を読むのはこれで3冊目、ちょうど2年前に読んだ最初の『海馬』は糸井重里との対談であり、2冊目の『進化しすぎた脳』(両署とも「感銘の1冊」として紹介)は、中高生たちとの対話形式を採っているが、本著では木村俊介の質問に答えるというスタイルである。
いずれも対談の相手が「脳科学」の素人というところから、一般の読者にとっていたって身近で入りやすいのが特徴である。
この『海馬』によって、脳細胞は死滅するばかりだと聞いていたのに、記憶中枢である海馬だけは、使うほど増えるのだということを知って、大いに勇気づけられたものだ。
タイトルの「脳のゆらぎ」だが、脳の神経細胞が自主的に活動するときに、「ゆらぎ」に似たリズムが見られる。従来はそれを一種の「ノイズ(雑音)」として、脳の活動究明に有害なものだとして不当に扱われてきた。
それを著者は、脳全体で見ると脳部位の相互関係の中で、たえず揺り動いていることを(綿密なMRI検査で)見つけることで、そうしたゆらぎにも意味と理由があるものとして捉えている。
そこには、組織を分割して部分だけを見ることの危険性、たとえば、いま注目の「分子生物学」だが、彼らの細分化することで全てがわかるという発想の危うさを指摘している。
とはいえ著者は、脳の至妙な働きを霊的なものとして韜晦(とうかい)する事なく、あくまでも脳の活動は、脳神経の発する電気作用と、タンパク質・アミノ酸それにイオンの移動とフィードバックという、至極即物的な作用で生まれ、特定の神経細胞が放出する脳内物質、たとえばドーバミンとか、エル・アドレナリンなどの微妙な働きで「喜怒哀楽」が生まれ、その作用が表情にも反映されることだとする立場は崩さない。
たとえば霊的現象・超常現象として捉えられ勝ちの「幽体離脱」にしても、特殊な装置を使うことで、健康な人でも経験することが可能であることを教えてくれる。
そうした現象について著者は、この「第三者の目で、客観的の己を見る」という人間の「客観視力」は、生長にかがせない能力であって、決してきかいな現象とは思わないと強調する。
ただそうした「脳の至妙な働き」は、分解することで見付かるものではなく、いわば無駄も多く、間違いや過ち、それに錯覚などという、一種泥臭い行動原理の中で、
複雑に張り巡らされた脳の各部の絡み合いと揺らぎの中で生み出されるのだと言う。
もっとも興味深い事例だが、神経細胞は栄養を与えられるとシャーレの中で1年ほ
どは生きるので、それ自体「生命体」といえそうな感じであるが、培養は難しく分裂・増殖はしないし非常に脆い。
一方ガン細胞は非常に強くて、東京大学にあるものは50年以上生き続けていると言う。本著の中で、著者が博士課程の学生時代に行なった興味深い実験紹介している。
ネズミの脳組織をミンチしてタンパク分解酵素トリプシンをかけて保温器に数十分すると神経細胞はバラバラになって沈殿する。それを濾過して酵素を洗浄する。
その時点では単に「丸い細胞」に過ぎないが、それをシャーレに入れて栄養を与え、24時間後にわざと栄養を少なくして飢餓状態にする(かわいい子には旅をさせる)と、周囲の細胞と結びついて生きようとして、次第に神経細胞のネットワークを形成させ、しかも常にダイナミックに内部の結束を強めて、回路のつなぎ替えやシナプスを作っていく。
と言うのだ。ご存じのように海馬以外の脳細胞は、一定の時期から死滅して減少すると言われている。そうした中でこうした、ある意味タフな「生命現象」を知れば知るほど、脳の持つ可能性に驚嘆するばかりである。
科学に常識と思われる「仮説」という手段を採らないという著者は、「なにをやりたいか」より、「何を試すことができるか」が大切だという。そして「科学的な論理を詰める」よりも、好奇心を先に走らせることを採るのだという。
どうも著者は、脳の至妙な働きよりも、むしろ脳細胞の「ガックリするほどヘタクソな使用法」に、いい知れないほど愛着を持っているようだ。
また日本とアメリカのの学者の違いは、その表現能力の差であって、アメリカの著名大学で教わったことは、いかにうまく表現するかという、プレゼンテーション能力の養成だったと述懐する。
そうした問題提起も含めて、複雑で捉えどころのない脳の働きについて、このように親切な入門書の存在と、著者の能力・サービス精神に感謝したい。

「一期一会」 2008-10-15
レビュアー:オジー(1人中1人が参考になったと回答)
第一線で活躍する脳研究者・池谷裕二氏が語った人に自分の主張を伝えるプレゼンテーションの極意.
最新の脳研究や池谷氏の経験談を絡めた内容は,現代の研究者,政府の科学研究に対する姿勢に辛辣な警鐘を鳴らしている.特に,池谷氏の経験談は,将来の方向性を模索している中高生に良い刺激になると思う.
卓越した研究を行うためには,研究発表,論文執筆,研究費獲得などといった個人レベルの活動だけでなく,多数の異なる分野の専門家と連携する集団レベルの活動が大切である.このいずれのレベルにおいても,自分の主張を相手に伝えるというプレゼンテーション能力がキーファクターとなる.若手研究者にはぜひ読んでもらいたいところである.
また脳をわかるためには,還元主義的な分子生物学だけではなく,個々の要素が相互作用し合い,ボトムアップ的に脳システムが形成されているということを理解しなければならない.
一般的に科学研究では「再現性」ということが重視されるが,池谷氏は「一回性」の現象にこそ生命の本質があるという.人生でも何度も遭遇する事よりも,一回だけの出会い,つまり「一期一会」に大きな刺激を受けるということに通じ,非常に含蓄のある言葉だと思う.

「脳心サイエンス=ゆらぎ」 2008-11-23
レビュアー:nori(1人中1人が参考になったと回答)
本書は脳科学者である池谷先生が、現在行っている「多ニューロンのイメージングによる脳回路システムの理解」に関する研究を軸に、サイエンスに対する考え方、つまり池谷先生版"科学の方法"論を綴ったエッセイである。
随所に最新の脳研究の成果が"ミニ質問"という形式で分かりやすく、しかも池谷先生のその問題に対する視点も織り交ぜて紹介されているが、本書は脳科学のホットなテーマを紹介する!というものではなく、あくまで"現在"の池谷先生による"科学の方法"なのである。
先生が現在に至る研究生活の中で、脳をどのように理解していけばいいのか、またそもそも科学的な分かるとはどのようなことなのか、ということについてその問題に正面から立ち向かっている池谷先生ならではの視点が多く述べられている。詳しくは本書を読めばよいと思うが、キーワードは脳、心そしてサイエンスの"ゆらぎ"であろう。サイエンスによって物事を分かるとはどういうことなのか、そしてその方法で脳は理解できるのか、といったことに興味がある方は大変楽しめると思う。
そして、本書の魅力の一つは科学者池谷先生の科学研究に対する「本音」が聞けるところであろう。「科学者にはプレゼン能力が必須」「仮説を立てると視野が狭まる」「アイデアはコミュニケーションから生まれる」「やりすぎなければ研究は成功しない」「何が出来るかの方が大事」など科学に対する池谷先生の捉え方が知れる。このような問題は科学者を目指す上では誰でも直面するであろうというものであり、特にこれから科学を目指そうという学生の方(僕も学生だが)にかなりおすすめである。
現在進行形のゆらぐ池谷先生がこれから脳科学にどのように取り組んでいくか非常に楽しみになるのと同時に、同じように科学者として負けずに頑張って行きたいと思わせてくれる良書であった。