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20世紀音楽 クラシックの運命 (光文社新書)
20世紀音楽 クラシックの運命 (光文社新書)
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光文社

¥ 1,050

新書

売上ランク:187297位

2006-09-15

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本書を含むリストマニアリスト

ユーザーレビュー一覧(全12件 平均:3.0)

評価4点「画期的労作」 2006-10-06
レビュアー:気楽蜥蜴(15人中12人が参考になったと回答)
20世紀音楽についての本は単行でも微々たるものだが、どこでも手に入る新書でこのような労作が読めるとは思わなかった。
内容は基本的には年代、主義、地域によって作曲家を区分する常套手段で編まれており、マラー、シェーンベルクといった20世紀音楽の王道にある程度のページが割かれているが、本書の主眼はそこではないようだ。この本のミソはヴォーン=ウィリアムズ、ヒンデミット、イタリア、東独の作曲家(前衛なの?保守なの?)への目配りにあり、彼らの音楽がいかに20世紀的であるか、と言う事の証左としてマラー、シェーンベルクが度々現れ、いわば狂言回しを演じているようなのだ。王道はどんどん横道にそれ、細分化され、時には行き詰ったりするカラクリになっている本だ。
この本で紹介されている音楽の多くは聴きやすいものなので、クラシックは聴くけど、現代音楽は・・・と思っている人には、ちょうど良い「挑発的」入門書になっていると思う。また、本のカラクリに身を(耳を?)任せ、教条的な20世紀音楽受容から解放されてみるのも良いかもしれない。
私としては80年代以降(リームの部分は素敵)の動向がもっと載ってたら良いな、と思ったので満点でないけど、それはこの値段の新書なので仕方ないのかな・・・
評価5点「斬新な20世紀音楽の入門書」 2006-10-08
レビュアー:クラシックの素人(16人中11人が参考になったと回答)
とにかく風変わりな本である。対象とする読者は誰なのか?玄人なのか素人なのか?初心者なのかマニアなのか?普段大学の音楽史などで聞かされる音楽史とは全く違う。重点の置き方が全く違うのだ。シェーンベルクやストラヴィンスキーに対してはそれなりのページを割いているけれど、旧東ドイツの作曲家やブソーニ、ヒンデミット、アイネムなどに対する分量と比べるといかにも少ない。バランスが悪い。はじめはそう思って読んだ。でも、気になったのでったので再読、「はじめに」から注意深く読んでみた。そしてこのバランスの悪さは「わざと」だな、と気づいた。これまでの音楽史記述を相対化すること、見直すこと、こそこの著者の第一の目的だったのではないだろうか?作曲家のバランスの悪い採りあげ方、執拗かと思うといきなりあっさり通り過ぎてしまう記述の偏り。これらすべてを把握した上で「音楽史」とは何か「歴史を書くとは何か」が問題化されてゆく様は見事だ。そう思って読んでみると俄然おもしろくなった。廉価なナクソス盤を多く採りあげた音盤の紹介も周到だし、音盤、映像の紹介も実に丁寧。とにかく細部にこだわるのではなく「はじめに」と各章冒頭の総説だけを追って読んでみると良いかも。でもこういう挑発的な本、一部のマニアには攻撃されるだろうな。蛮勇への敬意を込めて五つ星。 
評価2点「ちょっとどうかと」 2007-08-13
レビュアー:ゼンタのバラード(12人中8人が参考になったと回答)
やたらヒンデミットのオペラが好きなのか、筆者は20世紀オペラの解説書を書き
始めていた。ところが、岡田氏の西洋音楽史の新書が売れていることを知り、
出版社と相談して20世紀音楽史の本へと路線を変更。誰でも知っているマーラー、
さらに、興味を持ち始めたシュニトケやグバイドゥリーナなどの一般的情報で前後
を書き足してできあがったごった煮状態の本と想像する(音楽史上ヒンデミットの
オペラをやたら詳しく書く意味は薄い)。

音楽史的な流れを説明するのに苦労したようで、特に戦後の60年代〜70年代の前衛
の停滞と戦前派、折衷派の共存、80年代以降のポストモダンとIRCAM、東欧系前衛
の活躍、90年以降のスペクトル楽派の興隆といった流れや、戦前で言えば新ウィー
ン楽派と新古典主義の色分け、20世紀において重要な地位を占めるアメリカ楽壇の
ほぼ無視や、パリのミュージック・コンクレートの祖ピエール・アンリの完全無視、
ブライアン・イーノ、デヴィット・ボウイといったロックからの影響の無視など、
20世紀の芸術史を語る上で物足りない。

また個別の曲の解説は総じておおざっぱすぎて、多用される「わかる」とか「わか
らない」という単純な尺度は芸術の専門家らしからぬ感がある。シュトックハウ
ゼン、ブーレーズ、ノーノ、クセナキスといった「わかりにくい」作曲家の作品解
説はグリフィス著の「現代音楽小史」と比べて、この程度?といった感じ。もち
ろん日本の作曲家もまったくないあたり、筆者が毛嫌いしているだけでは??

より本格的な20世紀音楽史を総括した解説書がいずれ、誰かの手(長木、片山ら?)
により登場することを期待したい。
評価5点「etoille」 2006-10-07
レビュアー:Nippless(15人中6人が参考になったと回答)
光文社新書が前代未聞の破壊的著作を出版!
斬新にして華麗、その切り口を拝めば一目瞭然。
今をときめく前衛芸術学者、そう、あのプロフェッサー宮下が前著20世紀絵画から一息吐く間も許さず新作をお披露目(しかもまたもや新書!)してしまったのである。
逸脱する絵画、迷走する音楽、20世紀絵画、そして此の20世紀音楽。
彼の緩いお口は最早とどまるところを知らず、溢れ出す言葉の洪水に溺れ、なにをかいわんや。


冗談めかした帯の商売文句に笑いを堪えても扉を開けばミステリ。
今やクラシック音楽は芸術さまさまと祭り上げられ、日本のどこだろうがすました顔の劇場にはセレブぶったキャベツ達が演出家や指揮者達が頭をひっくりかえして考えた舞台を自己満足の道具にする時代、音の向こうに“人間”を見、襲いかかる切なさにやりきれなくなる様な、そんな世界を、座席に縮こまりオペラグラスから見えるものだけを信じて一喜一憂している現代人に叩き付ける、“京極夏彦流に云うなら”『厭な』本である。
音楽が構築され飽和し拡散しそして消滅、再臨する「ものがたり」を、燃えたぎる情熱を懐に隠しながらニヒルに笑って見せる姿はまるで言葉のバタフライ。
ここで最も重要視されているのは果たして音楽であろうか?
壇上で語られているのは音楽という服を着た“人間”そのものではないか。
やや難解な漢字の振り仮名を呼んでいる内に見えてくるはずだ。


本当に「俯瞰」しているのは?いや、貴方は本当に"「俯瞰」している"のか?


芸術学とはあらゆる芸術とあらゆる思想、文化、世界に踊る全てをひっくるめて、その彼岸に人間そのものを認めるものだと私は考える。絵画、音楽の「流れ」を重ね合わせ、週間コミックの付録が如く、目をひんむいて砂嵐の向こう側に見えるモノを探して御覧。


さあ、読まれているのはどっち?
評価1点「なんじゃこりゃ!?」 2007-04-10
レビュアー:ぽけっと(12人中6人が参考になったと回答)
この著者の『20世紀絵画』が、クセのある文体ながら刺激的で面白かったので期待したが、こっちははずれ。読むに値するのは最初の50ページ、せいぜい100ページまでで、あとは作曲家の名前と作品名の羅列に、独断的で傲慢な批評が延々と続く。作品と時代や社会との相互作用を読み解くと言っておきながら、そのような視点が完遂されている部分はごくわずかで、あとは印象批評の垂れ流しだ。著者の知識はかなりバラツキがあるようで、オペラにはやたら詳しい。また、ドイツ語圏の作品にも、専門に近いだけあって蘊蓄と含蓄がある。反面、ドイツ語圏以外の地域については、さほど理解が深くないようだ。アメリカ大陸や北欧、イギリスの取扱いは、あまりにもおざなりに過ぎる。フランスについても、ミヨーが交響曲を書いていたのだと、さも意外そうに書き連ねているが、そんなの常識ではないのか? ミヨーの室内交響曲(全6曲)には何も触れていないし。対象をドイツ語圏だけにしぼるべきだったのではないか。